きょうこの頃



2022年5月17日(火)

 『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』読了。

 ブログ参照。

Arc

プラスティネート
プラスティネーション (Plastination) とは、人間や動物の遺体または遺体の一部(内臓など)に含まれる水分と脂肪分をプラスチックなどの合成樹脂に置き換えることで、それを保存可能にする技術のことである。

編・訳者あとがき

本書は、二〇二一年六月二十五日公開予定の石川慶監督作品、映画『Arcアーク』にあわせ編纂した、ケン・リュウ作品集です。同映画原作の「Arcアーク」をはじめ、日本独自編集のケン・リュウ傑作選1〜6(ハヤカワ文庫SF)のなかから、九篇をさらに厳選してお届けする、最高のなかからさらに最高を選んだ"精選集"であり、これ一冊を読めば、まだケン・リュウをご存知ない方にもその魅力が十二分に伝わるよう意図しました。
ケン・リュゥ。SFファンなら、いまや知らない人はおそらくほとんどいないでしょうし、文芸誌でも翻訳作品が掲載されていることから、文学好きの方にもその名は広まりつつあると思います。ですが、日本では一般的に、ごく限られた知名度しかありません。今回の映画『Arcアーク』と本書がきっかけで、当代最高の物語作家(ストーリーテラー)のひとり、ケン・リュウの魅力がいま以上に伝わることを願ってやみません。そんな期待をこめて本書を編みましたので、読み疲れを軽減させるための軽い作品、いわゆる「箸休め」的作品を適宜はさんでバランスを取るという通常の短篇集の組み方とは異なり、これぞケン・リュウという代表作ばかり並べたものにスクールに入学したことと、新しい仕事をはじめたことなど多忙だったのも一因。二〇〇九年にこの短篇が、何度も没になった作品を集めるというテーマ(!)のアンソロジーに収録されたことで、吹っ切れ、そこから本格的に書きはじめます。この頃、中国のSF作家たちと連絡を取るようになり、彼らの作品を読みはじめ、非英語圏文化のジャンル小説に魅了され、多大なるインスピレーションを受けたのも、作家としてブレークするきっかけになったといいます。
 二〇一一年発表の「紙の動物園」は、英語圏のSFおよびファンタジイ関係のメジャーな三大賞であるヒューゴー賞とネビュラ賞と世界幻想文学大賞の各短篇部門を制する史上初の三冠に輝きました。この受賞で一躍注目を集め、翌年「もののあはれ」で二年連続ヒューゴー賞短篇部門を受賞したことで、ケン・リュウの評価は揺るぎないものになりました。
 「紙の動物園」以降、発表する作品が数多く賞にノミネートされ、あまたの年刊傑作選にも収録され、二〇一五年には、満を持して、はじめての長篇である大部のファンタジイ『蒲公英王(ダンデライオン)朝記』(〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉)が刊行され、ローカス賞第一長篇賞を受賞したほか、ネビュラ賞にノミネ!トされました。この長篇は、当初、〈蒲公英王朝記〉三部作の第一部でしたが、二〇一六年に第二部The Wall of Stormsが出て以降、第三部完成まで長い時間がかかり、元々二〇二〇年に一巻本として刊行予定だったのですが、あまりにも分厚くなって二分冊にせざるをえず、また、コロナ禍の影響で出版社が刊行予定を繰り延べしたこともあり、二〇一二年に第三部、The Veiled Throne'、二〇二二年に第四部Speaking Bonesとして刊行されることになりました。日本では、第一部しか翻訳されていませんが、四部作が出揃い、全貌が明らかになった時点で翻訳継続の気運が高まることを祈っています。
 本国では、二〇一六年に第一短篇集The Paper Menagerie and Other Stories'、二〇二〇年に第二短篇集The Hidden Girl and Other Storiesが出版されています。長篇の抜粋を除く収録作のすべてが邦訳されており、そのうち一篇を除く全作が、ケン・リュウ短篇傑作集1〜6(ハヤカワ文庫SF)と、ことし二〇二〇年三月に出たばかりの最新日本オリジナル短篇集『宇宙の春』(〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉)で読めます。
 また、ケン・リュウは、中国SFの翻訳紹介にも超人的な活躍をつづけており、二冊の中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』(二〇一六、ハヤカワ文庫SF)と『月の光』(二〇一九、〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉)をみずから編集・翻訳したほか、近年日本で翻訳されたSFのなかで最大のヒット作である劉慈欣(りゅう じきん)の『三体』三部作のうち、第一部と第三部を英訳しているなど、数多くの作品を翻訳しており、英語圏における中国SF普及の最大の功労者となっています。

書誌とともに本書収録作九篇の紹介に移りましょう

「Arcアーク」(〈ファンタジー&サイエンス・フィクション誌〔以下、F&SFと略記〕〉二〇一二年九月十月合併号)*文庫本時タイトル「円弧(アーク)」から改題
SF的イノヴェーションで生きているうちに目にできるものがひとつだけあるとすれば、なにを見たいかという質問に、ケン・リュウ曰く「答えるのは簡単さ。われわれが死を克服するところを見たい。生はあまりにも貴重な贈り物で、それが終わらねばならないのはただただ残念でしかない」と。なお、「不死」をテーマにした本作品の姉妹篇として「波」という作品があり、ケン・リュウ短篇傑作集2『もののあはれ』(ハヤカワ文庫SF)に収録していますので、比較して読んでいただくのも一興でしょう。さしずめ、「円弧」が地球篇で、「波」が宇宙篇と申せます。
映画『Arcアーク』は、本作を原作としていますが、石川慶監督と澤井香織氏による脚本の初稿を英訳したものをケン・リュウに送ったところ、「長文のメールが届いた。脚本開発には客観的な意見を得るために、"スクリプトドクター"を入れることがあるのだが、ケン・+リュウからのメヅセージは、まさにその役割を果たすものだった。より優れた映画にするための具体的な提案が示されていた」(『Arcアーク』宣伝資料より)とのこと。ケン・リュウは、この映画の原作者だけではなく、エグゼクティブ・プロデューサーにもなっています。
 試写を見た早川書房の編集者から、「(おなじく中国系アメリカ人SF作家である)テッド・チャンの短篇「あなたの人生の物語」を原作にしたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『メッセージ』(二〇一六)に匹敵するくらいすばらしいSF映画だ」と事前に聞いていたのですが、それからしばらくして訳者もようやく試写を見ることができ、まさにその通りだと思いました。
怪獣映画やアニメ、CGばりばりのハリウッドの大作ではないSF映画として、これほどレベルの高い作品を見たのは、ひさびさの体験でした。全篇を通した映像の美しさと主演の芳根京子さんの演技に目を瞠りましたし、内容の明晰性(わかりやすさ)は、ケン・リュウ作品に一貫しているものと相通じるものがあると感じました。原作の再現度の高さとアレンジの妙は、映画と原作、どちらを先に鑑賞しても楽しめることまちがいありません。

「紙の動物園」“The Paper Menagerie”(〈F&SF>二〇一一年三月四月合併号、〈SFマガジン〉二〇一三年三月号訳載)
 二〇一二年度ネビュラ賞・ヒューゴi賞・世界幻想文学大賞短篇部門受賞、第四十五回(二〇一四年度)星雲賞海外短編部門受賞、第二十五回(二〇=二年度)SFマガジン読者賞海外部門受賞、スペインのヒューゴー賞にあたる二〇=二年度イグノトゥス賞海外短篇部門受賞、二〇一二年度スタージョン賞第三席
 「動物園」の語に一般的なNooではなく、menagerieを使っているのは、テネシー・ウィリア
ムズの戯曲『ガラスの動物園』The Glass Menagerieを意識しているのではないか、という訳者の質問に(この戯曲の主要登場人物であるローラは、ガラス製の動物の人形コレクションを持っていて、それを「ガラスの動物園」と呼んでおり、その脆い人形たちは、ローラの精神状態と置かれている状況をシンボライズしていると考えられます)、作者はこう答えてくださいました。「この短篇の題名は、まさしく、ウィリアムズの戯曲へのアリュージョンです。短篇のなかでもっばら弱々しく、脆い存在であると見られていた母親が、折り紙の動物と同様、大きな内なる力を持っていることが明らかになるのですから」
 この作品の感想として、Twitterでいちばんよく見かける表現が、「電車で読むと危険」です。それがどういう意味なのか、実際に試してみるとおわかりになるかもしれません。
「母の記憶に」"Memories of My Mother"(〈デイリー.サイエンス.フィクション〉二〇一二年三月十九日配信) 
 ほんの数ページの掌篇ながら、イメージ喚起力が強く、すでにこの作品の映像化作品が二本作られています。そのうち、一本は、なんと日本の作品で、カトリーヌ・ドヌーヴ主演、是枝裕和監督作品『真実』(二〇一九)がそれ。映画のなかの劇中作として使われています。また、上映時間二十六分の短篇SF映画Beautiful Dreamer (2016)では、原作が忠実に映像化されています。この短篇映画は、Film Shortageのサイトで公開されていますので(https://filmshortage. com/shorts/beautiful-dreamer/)、ぜひご覧になってください。日本語字幕付き。

「もののあはれ」"Mono no Aware"(オリジナルアンソロジーThe Future is Japanese、二〇一二年/『THE FUTURE IS JAPANESE』〉ハヤカワSFシリーズJコレクション収録、二〇一二年)
二〇一三年度ヒューゴー賞短篇部門受賞、ジョナサン・ストラーン編集のThe Best Science fiction and Fantasy of the Year: Volume Sevenに収録
初めて邦訳されたケン・リュウ作品です。西欧的ストーリーテリングの「規則」(物語の主人公は問題解決のため積極的に行動しなければならない)に従わない語りに興味を抱いて、書いたと作者は語ります。自分が読んだ中国や日本の物語の多くは、その「規則」に従っていないといい、例として挙げられているのが芦奈野ひとしの『ヨコハマ買い出し紀行』。



結縄 2022年 5月15日(日) 05:27:26読了。


ランニング・シューズ 2022年 5月15日(日) 05:57:44読了。


草を結びて環を銜えん 2022年 5月16日(月) 20:53:02読了
くさをむすびてたまをくわえん


良い狩りを 2022年 5月17日(火) 06:31:43読了

2022年 5月17日(火) 06:37:38 全て読了。

「存在」"Presence"(ウェブ誌〈アンカニー〉二〇一四年十一月十二月合併号)
これも掌篇ですが、"なんらかのSF的ガジェットを使って人間関係、特に家族関係を描く"作品を作者は何本も書いています。老親介護を経験した訳者のような人間には、まさに「身につまされる」内容です。

「結縄」"Tying Knots"(ウェブ誌〈クラークスワールド〉二〇一一年一月号)
結縄文字とタンパク質の折りたたみを結びつけたアイデアが秀逸です。訳者が初めて読んだケン・リュウ作品で、このアイデアにおおいに驚き、感心しました。

「ランニング・シューズ」"Running Shoes"(ウェブ誌〈SQマグ〉十六号、二〇一四年九月)南北問題はケン・リュウが何度も取り上げているテーマです。激しいパワハラに遭うヴェトナムの貧しい女工の切ない行く末を描いた残酷なファンタジイ。

「草を結びて環を銜えん」“結草銜環(Knotting Grass, Holding Ring)”(オリジナル・アンソロジーLong Hidden'、二〇一四年)
古代中国を題材にした作品もケン・リュウの十八番です。本作原題の「結草銜環」は、中国の二つの故事に基づく四字熟語(「結草啣環」とも書きます)。「結草」については、本文中で説明されていますが、「銜環」は、怪我をした雀を助けた男のもとを、雀が化けた童子が西王母の使いとして訪れ、白環(白玉の環)を男に与え、男の子孫は出世したという故事。要するに「情けは人の為ならず」という四字熟語です。

「良い狩りを」"Good Hunting"(ウェブ誌〈ストレンジ・ホライズンズ〉二〇一二年十月九日および十月二十九日配信、〈SFマガジン〉二〇一五年四月号訳載)
二〇一三年WSFA(ワシントンDC・SF協会)小出版社賞短篇部門受賞、第四十七回(二〇一六年度)星雲賞海外短編部門受賞、ポウラ・グラン編集のThe Year's Best Dark、Fantasy & Horror 2013に収録

 訳者が個人的に一番気に入っている作品をトリに持ってきました。どこが好きかというと、「転調」の魅力です。詳しくは述べません。なんの先入観も持たずに読んで、訳者とおなじ感動を味わっていただきたいものです。
 ちなみに単行本版『紙の動物園』が刊行された際、無名作家の作品集の認知度を少しでも上げる一助になればと考え、著者にも協力してもらって、訳者は個人的なプロモーションをTwitter上でおこないました。収録作のなかで気に入った三篇を挙げてつぶやいてもらうという内容でした(抽選で著訳者サイン入り折り紙など進呈)。百十九名もの応募がありましたが、そのなかで断トツの票を集めたのが、この作品でしたーその他上位は、二位「紙の動物園」、三位「結縄」。
 この作品が日本のSFファンにとても気に入ってもらったのは、星雲賞を受賞したことからもあきらかですが、受賞式で読み上げました著者のコメントを紹介しておきます ー 「星雲賞受賞というすばらしい名誉を授かるのは、「紙の動物園」につづいて今回二度目ですが、初めて受賞したときと同様の感動を覚えております。いや、むしろ、今回の受賞は、さまざまな意味でいっそう特別なものになりました。と申しますのも、「良い狩りを」は、わたしのベストの作品のひとつだと思っているのですが、アメリカでは、さほど高く評価されていなかったからです。この作品を書いたのは、人間の精神の復元力と適応能力を寿ぎたかったからです。太平洋の向こう岸におられる読者がわたしの意図を汲んで下さったのを知ることができ、とても嬉しく存じます」
 NetflixのSFアニメシリーズ『ラブ、デス&ロボット』(二〇一九)の一篇「グッド・ハンティング」として映像化されています。
 最後に、ケン・リュウ短篇傑作集1〜6(ハヤカワ文庫SF)のなかで、本書収録作がどの本に入っているのかを記しておきます。
「紙の動物園」「結縄」i『1紙の動物園』(他五篇収録)
「Arcアーク」「もののあはれ」「良い狩りを」i『2もののあはれ』(他五篇収録)「母の記憶に」1『3母の記憶に』(他八篇収録)
「存在」「草を結びて環を銜えん」『4草を結びて環を銜えん』(他五篇収録)
「ランニング・シューズ」『5生まれ変わり』(他十一篇収録)
*『6神々は繋がれてはいない』には本書収録作は無く、全八篇収録。

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