されば紐育中の貧民窟と云う貧民窟、汚辱の土地と云う土地は大概歩き廻ったが、この恐るべき慾望を満すには人の最も厭み恐れるチャイナタウンの裏屋ほど適当な処はないちしい。然りチャイナタウンー其の裏面の長屋。ここは乃ち人間がもうあれ以上には堕落し得られぬ極点を見せた悪徳汚辱疾病死の展覧場である……
私はいつも地下鉄道に乗って、ブルックリン大橋へ出る手前の小い停車場に下る、と、この四辺は問屋だの倉庫続きの土地の事で日中の騒ぎが済んだ後は人一人通らず、辻々の街燈の光に照されて漸く闇を逃れて居る夜の空には、窓も屋根もない箱の様な建物が高く立って居るばかり。中部ブロードウエーの賑かな夜ばかりを見た人の眼には、紐育中にも此様淋しい処があるかと驚かれるであろう。路傍には貨物を取出した空箱が山をなし、馬を引放した荷馬車が幾輔となく置捨ててある。其の間を行尽すと其処がもう貧民窟の一部たる伊太利亜の移民街で、左手にベンチの並んで居る広い空地を望み、右手は屋根の歪んだ小家続き、凸凹した敷石道を歩み、だらだら坂を上れば、忽ちプンと厭な臭気のする処、乃ちチャイナタウンの本通りに出たのである。 |