喜ばしい医療の変化の前兆も 検査の「正常値」は「基準値」にすぎない。人によって「正常」の程度はさまざまで、いろいろな人がいてもよい、という話を心得25でしました。そうだとすれば、病気の治し方も多種多様でいいはずです。 たとえば、{五歳の少年と九九歳のおじいさんでは、将来の目標も、人生観も、健康観も違うのが当たり前。むしろ、両者に同じ医療を提供するのは不自然なことだと思いませんか。 [本は同調圧力が強く、「出る杭は打たれ」やすい社会です。でも、私が思うに馳自由の国」と思われがちなアメリカだって、アメリカ的価値観に同調しないと簡単に切り捨てられてしまいます。 医療においても、同調圧力がより強いのはアメリカで、日本の医者のほうが、よく雷えば臨機応変、悪く書えばチャランポランだと私は思います。アメリカは「本音と建て前」の国です。建て前では「個々の患者の多様性を大切にして」と言いながら、実際にはガイドラインを何パーセント順守しているとか、保険会社が治療薬を決めたり、日本よりもずっと医療は平坦です。 ただ、日本では建て前の後ろに本音が隠れていることが、わりと共有されていますが、アメリカではきっちり隠されていて見えづらいのです。 最近では、そんなアメリカでも一やはり患者の個々の多様性を大切に治療しよう」 という流れが出てきています。その一例として、糖尿病を取り上げましょう。 糖尿病は、高血糖が小さな血管、大きな血管を壊してしまうのが問題となります。 というのも、そのために目が見えない、尿が出ない、心臓発作などさまざまなトラブルを招くからです。ですから、治療の目標は「血糖値の正常化」となります。 たしかに、理論的にはそうなのですが、現実世界は理想とは違います。医者らを震撚させた「ACCORD(アコード)」という研究があります。厳密に血糖値を低くしようと頑張ると、むしろ死亡率が高くなってしまうという結果が出たのです(*55)。これは、現実世界では血糖が低くなり過ぎて、その不利益が大きく出てしまう患者さんも少なくない、ということを意味します。判断の難しいところです。 これを受けて、アメリカ糖尿病学会(ADA)は「血糖コントロールの目標を多様 化し、鱒患者さんの特徴(個性)に合わせて治療のやり方を変えましょう」という方針を立てました。具体的には、糖尿病の血糖値の指標・ヘモグロビンAlcの目標を三分割にしています。 日本糖尿病学会も似たような推奨で「糖尿病の治療の仕方だって、人それぞれ、いろいろあってもよい」という考え方です。比較的画一的だったアメリカや日本の医療現場も成熟の兆しが見えている、そう私は感じています。 とはいえ、現在のところ、残念ながら一律に同じような治療を提供している医者が多いこともまた事実です。「尿酸値が高ければアロプリノール」といった治療が、その典型です。 多様化に向かう糖尿病治療についても、心得16でも述べたとおり、現場レベルでは首をかしげたくなるような治療もよく見られます。血糖値やヘモグロビンAlc「そのもの」を治療目標にしている場合も少なくありません。 糖尿病のみならず、これからの医療は「何のために」という本来の目標(アウトカム)と、患者さんの人生観、価値観とのすり合わせで、どんどん多様化するでしょう。検査値そのものを治療してきた医療からの脱皮もそう遠くないと思います。
著者/訳者
岩田健太郎/著
出版社名
講談社
発行年月
2013年12月
サイズ
221P 18cm
販売価格
1,100円 (税込1,188円)
本の内容
病院を50%だけ信じて医者と薬を100%使いこなす方法!!処方の多い薬・成分77を徹底解説。世界的に突出してオカシイ医者と患者の関係を改善!
目次
第1章 病院・薬と上手につきあう基本(「二日経ったら別の医者」はダメ一発で、よい医者を見分ける方法 ほか)第2章 こんな薬を出す医者に気をつけろ(抗生物質ばかり出す医者にご用心「日本でだけ」使われている薬を知る ほか)第3章 こんなタイプの医者に気をつけろ(尿酸値「だけ」治療する医者患者ではなく「検査値」を治療する医者 ほか)第4章 医療情報のウソ・ホント(治療の正解は十人十色乳がん検診の効果は「グレー」である ほか)第5章 医者と患者の「おいしい」関係(ホントは怖い「患者中心の医療」インフォームド・コンセントの弊害を知る ほか)
ISBN
978-4-06-218748-0
著者情報
岩田 健太郎1971年、島根県に生まれる。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教 授。神戸大学都市安全研究センター教授。1997年、島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト 病院内科などで研修したあと、中国で医師として勤務。2004年に帰国し、亀田総合病院(千葉県)で感染症内科部長や総合診療・感染症科部長を歴任