きょうこの頃



2013年8月19日(月)

 浅田次郎『終わらざる夏』の3分冊の上巻を読了。
 なんとデジタル版もある。


 そうした現実を考えれば、自分に召集令状が舞いこんだことも、手ちがいであるはずはなかった。
 四十五歳の膂力を欠いた男が戦に駆り出されるというこの事実を、勇み立つでもなく嘆くでもなく、恩人に淡々と伝えることは、たいそう難しかった。

「いささか度が過ぎておるな」
 安藤仁吉はしばらく物思うふうをしてから、常に変わらぬ熱のない声でそう答えた。
 突然の来訪に多少の凶事は予感していた様子だったが、それにしても思いがけぬ報せだったのだろう。一見して鈍感な人物に思えるほど、とっさの感情を面に表すことのない南部人の典型である。
「クラウゼヴィッツが言うまでもなく、戦争は国家間の究極の外交手段なのだから、一方が亡びるまでの戦争などはもはや戦争ではない。外交手段としての度は過ぎているということだ」
 糊の利いた被いをかけた椅子は心地よかった。その純白の木綿の肌触りは、安藤仁吉の人柄そのものである。
(146-147頁)

◆主要登場人物

小松少佐 大本営参謀。参謀本部編制課動員班の動員担当者。
甲斐中佐 陸軍省軍事課員。参謀本部編制課に合流。
佐々木曹長 盛岡聯隊区司令部第三課動員班長。
蓮見百合子 盛岡聯隊区司令部の庶務係。岩手高女の女学生。
遠山敬一郎大佐 盛岡聯隊区司令部司令官。地元の名士。
佐藤金次 滝沢村役場の戸籍係兼兵事係。
勇 滝沢村役場の給仕の少年。
片岡直哉 東京外国語学校卒の翻訳書編集者。岩手県の寒村出身。
片岡久子 片岡の妻。女子高等師範卒の文学書編集者。
片岡譲 片岡の息子。信州に集団疎開している。
尾形貞夫 片岡と同じ出版社に勤める、翻訳書出版部の部員。
野中良一 久子の異父弟。
安藤仁吉 東京で岩手県出身者たちの面倒をみる篤志家。
菊池忠彦 岩手医専卒の医師。東京帝大医学部に在籍。
富永熊男 盛岡のタクシー運転手。金鵄勲章を授与された軍曹。
告江恒三少佐 第五方面軍司令部参謀。
大屋与次郎准尉 戦車第十一聯隊第二中隊段列長。旭川出身。
中村末松兵長 戦車第十一聯隊第二中隊段列の少年兵。東京出身。
池田大佐 戦車第十一聯隊長。
岸純四郎上等兵 南方帰りの船舶兵。三陸の宮古出身。


終わらざる夏 上
(帯:佐藤亜美菜)

集英社文庫 あ36‐18

著者/訳者

浅田次郎/著

出版社名

集英社

発行年月

2013年06月

サイズ

354P 16cm

販売価格

662円

本の内容

 1945年、夏。すでに沖縄は陥落し、本土決戦用の大 規模な動員計画に、国民は疲弊していた。東京の出版社に勤める翻訳書編集者・片岡直哉は、45歳の兵役年限直前に赤紙を受け取る。何も分からぬまま、同じ く召集された医師の菊池、歴戦の軍曹・鬼熊と、片岡は北の地へと向かった。
 終戦直後の“知られざる戦い”を舞台に「戦争」の理不尽を描く歴史的大作、待 望の文庫化。第64回毎日出版文化賞受賞作。

ISBN 978-4-08-745078-1

著者情報

浅田 次郎
1951年東京都生まれ。95年『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、97年『鉄道員』で直木 賞、2000年『壬生義士伝』で柴田錬三郎賞、06年『お腹召しませ』で中央公論文芸賞と司馬遼太郎賞、08年『中原の虹』で吉川英治文学賞、10年『終 わらざる夏』で毎日出版文化賞を、それぞれ受賞 






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